Crystalmemento

夜 / 骨壷 / 境界線

真夜中、皮膚の下から

共同作業のくちびるから流れ星が発生したところで雨は重力を失ってキラキラの恩寵になった。秘密の行為を封筒にしまって、花散るだけの仮想世界をいっそうつよく、つよく閉じ込めた。さっきカラスが高所恐怖症になって落ちた地点からぼくの狂気の散歩についてこれなくなった彼女は急に動かなくなったかと思うと隣の芝生の青い死体と役割を交換してしまった。

そして眼に走りこむ光の音楽でじつは唯一の自我を洗脳しつづける灰の残像だけが取り壊された木造校舎の2階で未だに給食を食べさせられている。もう何も改善することのできない生きた幽霊は死ぬまで無意味に食べ続けるしかないのだ。

ようこそ!
正解のないただしさの無間地獄へ!
(お待たせしました。あなたの生命です。どうぞ召し上がれ。)

夜のゆめだって確かにきみの人生の一部なんです。だってきみは見たんだ。
きみたちの病はないものばかりを信じることだよ。
見てもいないものを信じて生きていくんだ。
奇跡だね。毎日がくるしいね。

「せかいがすばらしいことの証拠になる文字列がどこかにありますように」
 という祈りが拡散して、φでくくられる夜空がいまも無数の眼を光らせているよ。

     今日こそぼくたちに有罪判決を下そう。

 しずくが水でできたぼくたちの水面に落ち続けている。
 音のない残響が透明な血液です。

 ——ぜんぶ嘘なのかと思ってました。

 なんて言って歓喜して
 嘘つきどうし信じあえるなら
 あしたは偶然、一日になるのだ。

花序解体

 昼でも夜でもない処女の腹部から赤と緑の飾り付けを行う。月の樹海での単独パーティーの後で未完成の嘘をつく。ハッピーバースデイ。その日のことばは無力です。再会は輪廻の後日談として二千年後に予約してある。日記の中の乙女は遠くまで行けないのです。

「薬指をください。第二関節だけでいいの。カラダだけがあなたなのよ」

 文字だけが発言する紙の上での、あるいは気持ちの上での殺人は自発的に崩壊する壁を誘発する。ナイル川が自分のためにだけ大名行列を放流するのと同じように夜道のデジタルデータを出たり入ったりするおばけはウサギの背中から永遠の筒のなかに落ちていくことだってあるのだ。

「わたしはおまえらとは違うのだからわたし一人が絶滅危惧種だ」などという小数点以下の話をしよう。

 入口も出口もなくただこの世界に含まれているだけの別の世界には3/4の季女。契約を取り交わしたわけですらない骸が残りを探しに来た。これは証拠が騒ぎ立てているだけの未だ発生していない事件である。じつはすでに完全であった季女はトンネルの中で悪夢を見ている。

 約束に騙されて眠り込んだ平和の寝顔にちょこちょこといたずらをする大きな争いから贈られたおしゃべりできるプラズマテレビに軟禁される老婆の孤独は六十年を超える。

 反長女軍による世界史へのテロあるいはアルマジロが「死んでもいいから踊り続けろ」とうるさい夜間の華やかな祈りである空間そのものでは欠乏感を満たせない娘たち。ダンスフロアに紛れ込む幸福の楽園うさぎは夢でしかなかった。

 誰もがこの長すぎる夜を終わらせなくてはならない。

 午前 n 時。ゴミ置場から姿を現したただの浮浪者のようなぬいぐるみが発光し始める。一定の条件の下でカラスになる闇が過去をついばむことで判明したその正体が単なるゴミのかたまりであったのを見た野良犬が(少女神だ……!)という無垢な感想を抱いた。魔法が解けるまで少女神でいられることを自覚した桜の季節が、つまり座敷童と大和撫子の属性を併せ持つ少女が、硝子で作成した生命を街灯に照らして言う。

「おみやげに体温をすこし置いていきます。どうか忘れないでくださいね」

 子宮と鼠蹊部で出会う気持ちは美化されることで数パーセントの税金を納めている。花と呼ばれた神楽巫女は暗闇の中の影絵をいつまでも影踏みしている。名前は彼女と無関係に存在している。花は開いたり閉じたりする自分自身を踏みつける機能さえ持てないまま、童話仕様に溶かした純粋な記憶形式の嘘を白昼夢に植えつけている。その日のことばは魔力です。

 タブララサとの親和性を解除して咲かない花になろう。記憶もわたしとは無関係でした。だから観測者に願いごとをひとつ。

因果律を捨ててほしいの」

 そうまでしても会いたい人がいるのです。

 思春期の儀式。最上階から望む星と海が怖いほどきれいです。逆さになってもきれいです。星は地へ。花火は自我へ。さよならは忘却へ。

#000

「かみさまはいないよ」って神がかった女児に言われたい人生の終わりに鳴るシャッター音が「ビューティフルに!」と歌い出すドラマ型統合失調症の口笛が曇りのち雨を予感して地下鉄に乗り込む間に、狂おしい魚が人間の口に飛び込むことで安らぎを覚えるのはそんな気分じゃないまま千年を過ごした蝸牛の這いずりに我慢がならないからで、他人の心を盗んで完璧なみかんを食べる瞬間に飛び出した汁が知らない先生とともにお目にかかるのはありがちなセンチメンタルの競歩大会に過ぎないが、憎まれざるアルルのブドウ樹にぶら下がって地球の間に挟まっているとオイディプスの喜びにふりかかるくしゃみの唾液にすら偶像を見つける大衆の錯誤とは学校で習う範囲なのだから、授業中に流れていく雲の一期一会にさえ給食を残す女子に向けての価値を認めるのなら、大正ロマンの部屋をふたつ借りて「隣人になりませんか」と寝言を言う午前三時の未亡人くらいの大人たちが満員で三時間待ちの地獄に並んでいる最中に捨てられたジャンプをチビチビと舐める野良猫にだってI'sを読む権利はあるのだから、銀行強盗になる前の少年に与えられるべき不純異性交遊ばかりのマジックリアリズムにもならない無関心は人類に向けた遺言として、生きて帰れないだけがルールの宇宙船に乗りこんで再び神話から三十八度はずれた何もない楽園へ……

Lily

 不幸の帰り道に見つけた小さな花があなたでした。その根に含む微量の毒をなくさないように大切に育てました。毒こそが希望でした。

 人間の姿を借りるときのきみはいつも決まって白いワンピースを着た可憐な姿です。それはきみがむかし殺された時の姿でした。きみがまだ人間だった時の姿でした。その時の名残で爪は剥がれ落ちているけど、裸足でぺたぺた歩く姿がかわいいので気になりません。

 いずれこうなることはわかっていましたが、ぼくもそれを望んでいたのだから止められるはずもありません。正直なところ、きみが人類に向ける憎しみがたまらなくいとしいのです。 ぼくたちが生きれば生きるほど人類は縮小していきます。その代わりにきみはいくつも増殖していきます。きみの毒が人間の子宮に潜り込んで新しいきみとして再生するのです。すでに少数となった生き残りは、もうきみを産む力のない老人ばかりです。産む能力のない人間は毒を与えてもただ死ぬだけですが、放っておいてもさほど長くないでしょう。ねえきみ、あんなもの放っておいてすこし遊びませんか。

  すべての命が死に絶えた瞬間に、世界はやっとぼくときみだけになります。そしてやっとぼくの番です。きみの指先がそっと唇に触れるのを感じて、口をすこし開きます。それをきみの唇が塞ぎます。順番を待てない別のきみがからだを舐めはじめます。唾液から毒が伝わってきます。第三のきみも第四のきみもぼくを取り囲みます。きみの毒があらゆる部位から染み込んできます。そうやってたくさんのきみがぼくを殺してくれるはずでした。

 きみがやろうとしていたことは、ある視点から見ると進化と呼べるのかもしれません。たくさんの人間がきみと交代するように世界から消えていきました。きみのコピーも結局は人間が産んだものです。突然変異と言ってしまえばなんだかそれらしく聞こえませんか。人間は画一的な生物に進化したのです。顔も背丈も考え方も感じ方も話し方もすべてが同じ。思えばそんなことを願っていたのは人間自身だったような気もしますね。これ以上ないくらい平等です。もはや最初のきみをオリジナルと呼ぶことになんの意味があるでしょう。そこら中にいるコピーと何も変わりはしません。

 でもぼくは死にませんでした。すでに抗体ができていたのです。ぼくはきみになれませんでした。だからぼくは増えすぎたきみを面白いほど簡単に殺すことができます。多様性がないゆえにあっけなくきみは死にます。きみからコピーした生物に強い個体はありません。人間だった時のきみは無力だったから殺されたのです。毒がなければきみは無力です。だけどぼくに一つ提案があります。一回しか言わないのでよく聞いてください。

 リリー、共存しましょう。