Crystalmemento

夜 / 骨壷 / 境界線

Lily

 不幸の帰り道に見つけた小さな花があなたでした。その根に含む微量の毒をなくさないように大切に育てました。毒こそが希望でした。

 人間の姿を借りるときのきみはいつも決まって白いワンピースを着た可憐な姿です。それはきみがむかし殺された時の姿でした。きみがまだ人間だった時の姿でした。その時の名残で爪は剥がれ落ちているけど、裸足でぺたぺた歩く姿がかわいいので気になりません。

 いずれこうなることはわかっていましたが、ぼくもそれを望んでいたのだから止められるはずもありません。正直なところ、きみが人類に向ける憎しみがたまらなくいとしいのです。 ぼくたちが生きれば生きるほど人類は縮小していきます。その代わりにきみはいくつも増殖していきます。きみの毒が人間の子宮に潜り込んで新しいきみとして再生するのです。すでに少数となった生き残りは、もうきみを産む力のない老人ばかりです。産む能力のない人間は毒を与えてもただ死ぬだけですが、放っておいてもさほど長くないでしょう。ねえきみ、あんなもの放っておいてすこし遊びませんか。

  すべての命が死に絶えた瞬間に、世界はやっとぼくときみだけになります。そしてやっとぼくの番です。きみの指先がそっと唇に触れるのを感じて、口をすこし開きます。それをきみの唇が塞ぎます。順番を待てない別のきみがからだを舐めはじめます。唾液から毒が伝わってきます。第三のきみも第四のきみもぼくを取り囲みます。きみの毒があらゆる部位から染み込んできます。そうやってたくさんのきみがぼくを殺してくれるはずでした。

 きみがやろうとしていたことは、ある視点から見ると進化と呼べるのかもしれません。たくさんの人間がきみと交代するように世界から消えていきました。きみのコピーも結局は人間が産んだものです。突然変異と言ってしまえばなんだかそれらしく聞こえませんか。人間は画一的な生物に進化したのです。顔も背丈も考え方も感じ方も話し方もすべてが同じ。思えばそんなことを願っていたのは人間自身だったような気もしますね。これ以上ないくらい平等です。もはや最初のきみをオリジナルと呼ぶことになんの意味があるでしょう。そこら中にいるコピーと何も変わりはしません。

 でもぼくは死にませんでした。すでに抗体ができていたのです。ぼくはきみになれませんでした。だからぼくは増えすぎたきみを面白いほど簡単に殺すことができます。多様性がないゆえにあっけなくきみは死にます。きみからコピーした生物に強い個体はありません。人間だった時のきみは無力だったから殺されたのです。毒がなければきみは無力です。だけどぼくに一つ提案があります。一回しか言わないのでよく聞いてください。

 リリー、共存しましょう。