Crystalmemento

夜 / 骨壷 / 境界線

桜密室をひらく

直感から白い雪が降ってくる。空気がきれいな街。街は自己分解をはじめる。あなたがたもそこに含まれていますよ。早くはじめてください。完全に透き通ってしまうまで。

「あそこでは雪だけが永遠なのよ」
降り続く蛍の勤勉な怠惰さから棚ぼたする彼女の日常を購読して、空は新しい星を見つける。地上へと降り立った足の生えた雪が霊長類を過去の遺物の方角へと洗い流していく。残された様子見の死骸が釣り合いのとれた人形になるために作者のいない夜をうろつくのだ。地平線と無意識の混濁がジンテーゼを放り投げて、やっとここにたどり着く。ぼくが密室に閉じ込められた時、なにかと契約したわけではなかった。
気づいているかな。
いま、夜のにせものと闘っているんだ。

首を吊る雀。人生に睡眠薬を盛られた。彼は、薔薇の噴水から飛び上がるいちごの血液を氷のつま先にダンスして、割り切れないミルクを掠め取った。そこに多量の睡眠薬が含まれていた。有毒な夏が四季を置き換えて鳥かごに咲かない花を飼っているのです。
静かになった鳥かごを揺らすために、噴水はまだ溢れ続けている。

いまが頂点であるような円環を率いて、もう二度と産まれませんように——。
逃れられない炉の中、開いたてのひらときみだけの不死鳥は溶けて祈りになる。相席の積み木を何度も崩しながら「ずっと予想外でいようね。桜が咲くまで、桜のことは忘れていようね」って約束したんだ。

運命は自由だよ。非常口を探そう。

迷子願い

霧と煙の重さを比べていたときの記憶を最後に、凍ったシャボン玉のなかに生き残ってひとり。あそこにたったひとりでいるぼくはかみさまでしょうか。それとも本物でしょうか。この世で一番素敵なリトマス試験紙の青を目指して雷鳴の抜け殻とともにすべて以外を吊るします。さあ息を吹き返しましょう。気をつけるべきは女または非女のステーシー。細めの首です。酸素と酸素の子どもが最後の針の上に乗った瞬間、痛覚ともお別れです。唐突に空白を差し挟むコンシーラーのつま先のようにゼロを基準とした生命の針はマイナスに振れることも珍しくないのです。

きゃらきゃらした女子高生は生きることが背徳になるまで針を回して嘘から抽出されるはずの真実を探し回っている。崩れ落ちる夜を捨てたあたりで背後から一月が襲いかかる。プリクラ特異空間のなかで過去と未来を完璧に忘却する瞬間に血液は沸騰する。そのたびに伸びるまつげと入れ替わる性。それらが何度でも初体験できる一回性のシャッターに切断されるまでさよならをおあずけされた柑橘系のアイドルは少し渚もろくなって「生きてることを忘れてあげたい」と言い残して消えた。

消えてゆく後ろ姿に伸ばした手の先に触れた忘却からの「わすれないで」という伝言を受け取って、それにまつわる事実は昔からある民間信仰に一変してしまった。釣り合いの取れなくなったぼくはぼくを葬ってわたしになった。そして息が空と重なるくらいに生を薄めて、690秒で総括できる思い出を待つことにした。

いったい誰が自分なのかすらわからないほど気持ちがすっきりしないまま、粒の中に充満する睡眠に沈没して現実感を水星に溶かしてみたら、さよならも言わずに行ってしまった彼に夢の中でまた会った。懐かしさの続編として大衆化された彼からの誘いを素直に受けられないわたしは「もう迷子にはなれないのかな」と呟いたすぐ後で左の目から痛いほど果汁があふれた。だって月光の麻酔にかかったわたし以外、本当はもうだれもいないのだ。有り余るほどの声を封じてわたしを包むうつくしい孤独は楽園としてそこに存立していた。それでもまだ、愛は出来上がりつつある手紙となってわたしの手を動かしている。

ねむりのちはれ

夢よりも深い落とし穴に落下した雨しずくが蒸発した瞬間、時間はどこかにいってしまった。天使はまだ円周率の牢獄を旋回している。
結果として古くなった世界のぼくは自分のためだけにぼくとお別れして、
いつまでもぼくたちは血管を流れる三途の川を渡っていたんだ。

クラスには欲望の病にとり憑かれた子が行儀のよい席に着いて懺悔の手記を綴っている。心にしっかりと鍵をかけて、あの日のことばを刻みつける。あれを発したのはなんの先生だったのか今ではもう思い出せない。
「紙を増やしたいのなら恐怖を与えなさい。あるいは希望を添えなさい」
先生は結局これしか言っていなかった。隣の優等生は涼しい顔をして手を動かしている。"洗脳された彼に洗脳されたわたしはきっとかわいい女の子だから諭吉十枚で兄と弟を取り替えっこしてわたしはきっとかわいい女の子だから首が折れてもわたしはきっとかわいい女の子だから手足を間違えてもわたしはきっとかわいい女の子だからここは童話の世界なのだわたしはきっとかわいい女の子だからわたしはぜったいにわるくないわたしはきっとかわ"と書かれた部分が彼女の脳内の寂れた駅のホームで滅びの日を待っている。内容は誰でも大差ないだろう。ことばは理性を嫌悪している。自由を制限されるからだ。真っ暗闇の空を瞬いていたいのだ。気ままに繋ぎ合わせて詩の星座をつくるのだ。やつに味方はいない。地下に横たわらせるのは思ったよりも簡単だ。

それでも幻聴は続くかぎり続くが、それはただ続いているだけだ。欠けて拘束を解かれた方の心にはなんの不都合もない。その日々の隙間から漏れだした譲られない光は憂鬱な人間の牧場にほんの少し心地よい刺激を与える。天井に張り付く嫌らしい責任者が創造性を平均化のうちに没し去る。そして、ああ今にも角砂糖から甘さだけが溢れ出しそうです。とはいえ通りすがりの宿主を駆り立てる世間話に参加する呪文の奥様に過ぎない不可能のひとつもどうにもならないのならそれははじめからきみのものではなかったのだ。

露ほどの生命が混ざり合った雨は鏡に映らないように存在している回路を通って天へ向かう。
電気信号のえんぴつが輪郭線上をやわらかくなぞって土に還るまでもない解放の先へ。
そして罪は記憶とのハネムーンにおけるもっとも楽しい時間の海に溶けてなくなる。
悪魔は落ちる。無数の天使と存在を等しくして。
全方位へ遊びを続けるのだ。
鳥は鳥に似ているのではない。
運命とはあなたのことです。
各位、理解を。

放課後の宇宙で

空は黒くなる仮説です
いつか見えなくなる
仮説のぼくはまだ見えていますか
空虚が充満する時間だよ
部屋が思い出す
ここにはだれもいなかった
直後
きみとぼくが燃えました
消えたものはありましたか?
この無意味なフラスコから

真夜中、皮膚の下から

共同作業のくちびるから流れ星が発生したところで雨は重力を失ってキラキラの恩寵になった。秘密の行為を封筒にしまって、花散るだけの仮想世界をいっそうつよく、つよく閉じ込めた。さっきカラスが高所恐怖症になって落ちた地点からぼくの狂気の散歩についてこれなくなった彼女は急に動かなくなったかと思うと隣の芝生の青い死体と役割を交換してしまった。

そして眼に走りこむ光の音楽でじつは唯一の自我を洗脳しつづける灰の残像だけが取り壊された木造校舎の2階で未だに給食を食べさせられている。もう何も改善することのできない生きた幽霊は死ぬまで無意味に食べ続けるしかないのだ。

ようこそ!
正解のないただしさの無間地獄へ!
(お待たせしました。あなたの生命です。どうぞ召し上がれ。)

夜のゆめだって確かにきみの人生の一部なんです。だってきみは見たんだ。
きみたちの病はないものばかりを信じることだよ。
見てもいないものを信じて生きていくんだ。
奇跡だね。毎日がくるしいね。

「せかいがすばらしいことの証拠になる文字列がどこかにありますように」
 という祈りが拡散して、φでくくられる夜空がいまも無数の眼を光らせているよ。

     今日こそぼくたちに有罪判決を下そう。

 しずくが水でできたぼくたちの水面に落ち続けている。
 音のない残響が透明な血液です。

 ——ぜんぶ嘘なのかと思ってました。

 なんて言って歓喜して
 嘘つきどうし信じあえるなら
 あしたは偶然、一日になるのだ。

花序解体

 昼でも夜でもない処女の腹部から赤と緑の飾り付けを行う。月の樹海での単独パーティーの後で未完成の嘘をつく。ハッピーバースデイ。その日のことばは無力です。再会は輪廻の後日談として二千年後に予約してある。日記の中の乙女は遠くまで行けないのです。

「薬指をください。第二関節だけでいいの。カラダだけがあなたなのよ」

 文字だけが発言する紙の上での、あるいは気持ちの上での殺人は自発的に崩壊する壁を誘発する。ナイル川が自分のためにだけ大名行列を放流するのと同じように夜道のデジタルデータを出たり入ったりするおばけはウサギの背中から永遠の筒のなかに落ちていくことだってあるのだ。

「わたしはおまえらとは違うのだからわたし一人が絶滅危惧種だ」などという小数点以下の話をしよう。

 入口も出口もなくただこの世界に含まれているだけの別の世界には3/4の季女。契約を取り交わしたわけですらない骸が残りを探しに来た。これは証拠が騒ぎ立てているだけの未だ発生していない事件である。じつはすでに完全であった季女はトンネルの中で悪夢を見ている。

 約束に騙されて眠り込んだ平和の寝顔にちょこちょこといたずらをする大きな争いから贈られたおしゃべりできるプラズマテレビに軟禁される老婆の孤独は六十年を超える。

 反長女軍による世界史へのテロあるいはアルマジロが「死んでもいいから踊り続けろ」とうるさい夜間の華やかな祈りである空間そのものでは欠乏感を満たせない娘たち。ダンスフロアに紛れ込む幸福の楽園うさぎは夢でしかなかった。

 誰もがこの長すぎる夜を終わらせなくてはならない。

 午前 n 時。ゴミ置場から姿を現したただの浮浪者のようなぬいぐるみが発光し始める。一定の条件の下でカラスになる闇が過去をついばむことで判明したその正体が単なるゴミのかたまりであったのを見た野良犬が(少女神だ……!)という無垢な感想を抱いた。魔法が解けるまで少女神でいられることを自覚した桜の季節が、つまり座敷童と大和撫子の属性を併せ持つ少女が、硝子で作成した生命を街灯に照らして言う。

「おみやげに体温をすこし置いていきます。どうか忘れないでくださいね」

 子宮と鼠蹊部で出会う気持ちは美化されることで数パーセントの税金を納めている。花と呼ばれた神楽巫女は暗闇の中の影絵をいつまでも影踏みしている。名前は彼女と無関係に存在している。花は開いたり閉じたりする自分自身を踏みつける機能さえ持てないまま、童話仕様に溶かした純粋な記憶形式の嘘を白昼夢に植えつけている。その日のことばは魔力です。

 タブララサとの親和性を解除して咲かない花になろう。記憶もわたしとは無関係でした。だから観測者に願いごとをひとつ。

因果律を捨ててほしいの」

 そうまでしても会いたい人がいるのです。

 思春期の儀式。最上階から望む星と海が怖いほどきれいです。逆さになってもきれいです。星は地へ。花火は自我へ。さよならは忘却へ。

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「かみさまはいないよ」って神がかった女児に言われたい人生の終わりに鳴るシャッター音が「ビューティフルに!」と歌い出すドラマ型統合失調症の口笛が曇りのち雨を予感して地下鉄に乗り込む間に、狂おしい魚が人間の口に飛び込むことで安らぎを覚えるのはそんな気分じゃないまま千年を過ごした蝸牛の這いずりに我慢がならないからで、他人の心を盗んで完璧なみかんを食べる瞬間に飛び出した汁が知らない先生とともにお目にかかるのはありがちなセンチメンタルの競歩大会に過ぎないが、憎まれざるアルルのブドウ樹にぶら下がって地球の間に挟まっているとオイディプスの喜びにふりかかるくしゃみの唾液にすら偶像を見つける大衆の錯誤とは学校で習う範囲なのだから、授業中に流れていく雲の一期一会にさえ給食を残す女子に向けての価値を認めるのなら、大正ロマンの部屋をふたつ借りて「隣人になりませんか」と寝言を言う午前三時の未亡人くらいの大人たちが満員で三時間待ちの地獄に並んでいる最中に捨てられたジャンプをチビチビと舐める野良猫にだってI'sを読む権利はあるのだから、銀行強盗になる前の少年に与えられるべき不純異性交遊ばかりのマジックリアリズムにもならない無関心は人類に向けた遺言として、生きて帰れないだけがルールの宇宙船に乗りこんで再び神話から三十八度はずれた何もない楽園へ……