Crystalmemento

夜 / 骨壷 / 境界線

2024 名前のない花 2023 人体模型の粘膜 2022 アタラクシアの眩暈 / 瓶詰めの風景 / アンニュイの備考 2021 2020 2019 #009 / #008 / #007 / #006 / #005 2018 #004 / #003 / #002 / #001 2017 天国前夜 / 猫 / 夏風邪宇宙 / 症例102:自由の女神 2016 ガラ…

名前のない花

ほとんどの人は気づかないけれど静かに存在を表明している小さな命ですなにか職業があるのならぼくはこの花と同じ職業をやっていますそれ以外には理由がありませんこの花を通り過ぎるのならば世界は永遠に見逃され続けるでしょう誰かにとっての、あるいはす…

人体模型の粘膜

夏が終わるとなぜかいつも母親の頭がポロリと落ちてしまいます。この身体が母親のものであったことを忘れないように名前を書きつけていたら、他のいくつもの名前が書かれたがっていて、すでに書いてしまった名前がまったく知らない誰かの名前のようにも見え…

アタラクシアの眩暈

死んだ花嫁が現れる夢の中に本当の自分を置いていくことにして、最後に見た血痕より紅い夕陽に染まる未来の放課後、微笑みかけるミューズの顔は内側から崩れて、彼女を拘束する時間と因果の魔に白く堕落してしまったが、ぼくは後ろを振り返らなければ生と死…

瓶詰めの風景

存在の窓際に鳥がとまり、動き出した時間に気づいた緑色の胎児は這い出していき、陽を浴び、影を憎み、その先の腐爛へと運命がひと回りした頃には巨大な手が空中に現れ、四季の糸を結び、楕円形の接点は閉ざされるすべては海に流れて、殉教した手紙になった

アンニュイの備考

街をひとつ開いた。動き回る腕や脚の、すでにそこにはないことをあえて忘却するための休日が続いている。向こうでは恋人がぼくと歩いていて、それは遠くからでも分かった。鏡は鏡でなくてもよかった。それは入口であり出口でもあったと思う。すべがないのは…

#009

二回大人になった彼は、理解可能な怪物になった。元々は向かいの家に住んでいた子供だったのだけど、両親が途中で入れ替わったことによって、理解可能になった。真四角の部屋の中で、部屋を丸くしろと怒鳴る彼の声をもうしばらく聞いていなくて、たまにすれ…

#008

匿名の毎日です。ぼくがぼくになるために必要なものはあと何があるかな。手に入れれば入れるほど足りなくなって、なんでも食べ尽くす怪獣の器だ。誰かのための明日はぼくの白紙を彩らない。鉄でできた街。生命のない花。名前は標的のように悪意の目に射られ…

#007

境界線があった。それは固い線だった。いつしかそれは灰色になり、しまいには白くなった。線は見えなくなった。すべて消えてしまった。頼れるものはなにもなかった。そこに悪魔が現れた。それで充分だった。魂を売った。身体は買い取ってくれなかった。少し…

#006

指を丁寧に開いて秘められた末梢神経が空気に触れ始める頃、子宮内部から地獄の季節を聞いている精神が八月のバス停で降りた。精神とは数えられるものではない。しかし店員の目に見えるのは人間一人であることは間違いないのだから、何のためらいもなく喫茶…

#005

教壇の机の上にブラウン管の古いテレビが置いてある。教室の中は無人だった。テレビにはいつかのこどもたちが入学して卒業していく姿が繰り返し映されている。こどもの緊張した面持ち。保護者の心配そうな顔。嬉しそうな顔。友人との別れを惜しむ声。幸福そ…

#004

破滅の日。あしたの練習を続けてここまできました。あした、あした、あしたばかりが溢れて遺書が見えないくらいだ。宛名は過去の日付にしておくよ。結局きみたちがなんだったのか何もわからないままだったな。だけどそれはもういい。終わりの鐘は聴こえてい…

#003

きみたちはぜんぶ夢だから書かないと忘れてしまうね。まだ水面下の戯れだ。いつか確かなものに発見されてしまうかなあ。でもそんなものはきっとないんだ。ぼくはずっといなかった、きみもずっといなかった。いないよ、わたしはどこにもいないよ。ぼくたちは…

#002

嘘をつき続ける手紙の末尾が決まらないせいでぼくたちはまだ生きている。真っ白な海。ブルーブラックの波が一定の複雑さで意味を帯びる。そこに真実は含まれるだろうか。嘘でなければ感情はないのだ。鳥の足跡のように途切れる結末にぼくは関与しない。もう…

#001

花嫁が放り投げたブーケがバラバラに壊れてひとつの銀河になった時、宇宙に波打つ光のプールサイドでは処女の星たちがまだ放心状態だった。まぶたを下ろすと目の裏側で大人しく輝いている小さい星々が見える。その光から滴る冷たい雫が血液へと変換される時…

天国前夜

偽物になって息を吹き返した兎に憧れた少女から甘い猛毒を少し治療するのは得意なんだ涙はもう予約してあって傷跡がかわいい生きてる間だけ粘膜に響いて針のように刺さった鉛筆で描いた花勝手にはじまった夏夢のひとかけら汚れた笑顔天国前夜闇に灯す火その…

休日は猫曜日人間を眠ってまたねもう繰り返さないように一週間を失踪 喪中と倫理の卵を割って時間は嫌いだ未来は嫌いだ名前は嫌いだ燃えるごみに出せないから 置き去りにした猫は去っていきました

夏風邪宇宙

羊をずっと数えてる。いつ本当に眠れるのだろう。 時計が集団自殺して長い生き方はもういらないんだと気づいた時の勢いで知らない女の手を引いて見つけた単発の夜に花火と人生を交換して一瞬の空になると本当の夜がそこから始まって、おやすみとさよならの間…

症例102:自由の女神

「約束がなんの役に立つの?」 そう言って女神になる前の彼女は現れた。結婚式の前日になって婚約者がいなくなったのだという。そしてここは天国。つまり彼女は他界した彼を追いかけてここまで来た。 「約束って、信頼関係のはじまり。第一手だ」「信頼関係…

ガラス張りの彼女に

運命に向けてあの人を投影する。影だけが存在する夜。あの子が羨ましいのは偽物の世界の住人になったからです。45億年前に出口はすべて消滅してしまいました。運命のそのあとに足を踏み入れた者は、賛美歌を破壊するしかなくなる。灰の薔薇の満ち足りた空想…

イラストレーション

夜に雨を重ねて、夜に星を重ねて、雨を星の光に変えて、ほかに何もいらない。ほかに何もない空間に憑依。ひとりだけで横たわる。そして集中豪雨。星の光に貫かれるのだ。

銀河泥棒

宇宙のどこかでひっそりと咲く花。それが発する音を聞いた。それは悲しげな未来に薫るマゾヒスト的な祈りとなって、ことばとなって、ここに記された。語られた嘘でさえ理解してしまえば何かの要約となってしまう。ずっと生きているきみの幽霊はことばの裏側…

消火器の抱擁

あらゆる場所で正確に降る雨。ぬいぐるみは待っている。人ひとり分の愛着障害を賭して。 やさしいわがままの治療のように秘密の鍵を合わせてみる。一粒の泡。背景を汚す微炭酸の雨が夜を遠ざける。 まだですか。もう少し。もう少し。 グミの歯車が宇宙の管理…

霊園製図法

蕾の上で結婚しました。万有引力を売ってください。定義は憑き物。弱さは落ちるのだ。無理数を告げる電気回路へと。偶然を配置する裁判官。病室に舌。唇には針を。空気すべての受け皿になる神経天文学は泣いていいよ。ヘビの解剖器具に相互作用を供して春休…

鴉と蟻のデザート

「あと何回死刑になりましょう?」 心臓の中の林檎を燃やして、呼吸に憑依する冷血さを皿に乗せる。靴に合うようにシンデレラをガラスに変えて、透明に塗りつぶしていく。人形になったぼくたちは永久に透き通って、記憶のままでおやすみを叫んだ。 後悔を過…

二度目の春、九回目の死で咲くショータイム

汚してもいいよ。だめになるよ。それがいいよ。せめてきみのネジを巻こう。ふたりでもひとりが怖い。おかえりの花が一輪。せめてきみのネジを巻こう。

腰リボンの中央階段から

夢を見た。誰もいない。また目を閉じる。黒一色にノイズ。気の狂ったパレードを見ている。日常をつよく欠席して冷蔵庫で休む。猫のペンキを剥いだ紫陽花。誰かの電気信号がない。また夢を目で隠す。騙されておはよう。殺すことはないよ。便利な神を手のひら…

風でめくる風景

濡れた葉書が空に羽ばたき、そこからまた文字の蝶が飛び立つ。その後に来る雨上がりでさえも絶対を故意に誤植するようにできている。確実なものはなにもない。 「みなさんも逃げたほうがいいですよ」 天と地の間の人たちに向けた最後の手紙は溶けて流れる。 …

グラスに沈殿する小部屋

色彩が健忘した見えるのに見えない空白包帯に擬態する不幸の天使 はじめまして高級な雷の被害者たち人格の区画整理言葉とは 精神的な臓器から滴る血液塗られた霊的なオブジェ本物でないすべてお気をたしかに 猫という天国増殖する言語から逃げた自己を置き去…

視界の前座

呪いのうさぎが風解する。その降霊的な花氷からひとつずつ手折られる色のない色素の一部分へとふらつくまでの条件反射は捕まえた幼馴染の封印の日からやわらかく凍結されている。 椅子の爪時間を考慮して途切れずに鋳造される空間のあえて芸術を気取るまでも…